MBC/PR会社創業物語 #06 映画学科と営業と

MBC/PR会社創業物語 06

高校時代には何故かビジネス本や自己啓発本をよく読みました。たまたま本屋で手に取ったD・カーネギー氏の書籍「人を動かす」がきっかけでしたが、周囲の友人がまだあまり読まないような書籍を読んでいることに不思議な優越感?のようなものを感じていました。映画を浴びるように鑑賞したのもこの頃でした。


 そんな高校時代卒業間際の進路選択時に「将来は映画業界関係者になればウハウハの人生に違いない!」と考え始めました。現実的な日本の映画産業のこともロクに調べず、ものすごくミーハーな発想だけでこう考えていました。クラスメートが皆「経済」「商業」「経営」学部・学科に進学するのを尻目に、私1人だけ『日本大学芸術学部映画学科』に進学を希望することにしました。


 無謀にも他大学は受験せず、他大学も受けろという周囲の声を押し切り、「俺は日芸だけしか受験しない」と頑固に言い張ってしまいました。高校受験時のように他人の言葉で自分の人生を変えたくなかったからだと思います。


 日芸に進学したかった理由は、そもそも無類の映画好きだったという大義名分があるのですが、本当の本音をいってしまうと、将来映画関係者になればきれいな女優サン達と仲良くなれると大真面目に思っていました。実はこっちが99%本当の理由かもしれません。


 不純な動機が災いしてか当たり前のように浪人。この頃は学習研究社の子会社にアルバイトで出入りして学習教材の訪問販売をしていました。1年程度の短いバイトでしたが、今から思い出せばまるで「電波少年」並みの飛び込みアポなし営業を大量にこなした稽古をこなしたようなものでした。


 今でもクライアント会社様のPR案件をマスメディア企業に図々しく飛び込んでいくPRキャラバン営業をしょっちゅう行っています(流石にマスメディア媒体に対してはできる限りアポは取ります)。ときどき色々な方から「よく飛び込みPR営業なんて平気な顔してできるよね」といわれることがあるのですが、初めて会った他人に対してモノを売り込む訪問販売時代に比べれば、マスメディアに対するPR営業なんて本当に屁でもないですね。


 営業戦略を研究するのが好きなビジネスマンの方や企業家の方は「再度訪問方式営業」「エリア戦略」などという言葉をよくご存知だと思います。当時私がアルバイトをしていた学習研究社子会社の訪問販売ビジネスでは、これらの営業セオリーをきっちり押さえた大変理にかなう営業戦略を私たちに教えてくれました。


 初回の訪問営業日では一切「売り気配」を出さず、ターゲット顧客層の主婦層から好かれるように、若者らしく体育会系のノリで元気よく挨拶。手渡しで私自身の名前が入った挨拶状チラシだけを配ります。この間一切販売商品の詳細は切り出さないので、相手の心を簡単に開くことができました。


 翌日に再度訪問営業を行います。初日の訪問日ですっかり打ち解けた関係になる頃にようやく商品についての説明と契約のクロージングを行います。営業活動地域は埼玉県内一定区域の狭い場所のみが各営業担当者に割り振りされます。割り振りされたエリアを最も効率的に移動できる順番で営業を行うのが基本でした。これらは全て営業マニュアルで決められている戦術であり、全ての営業マンが同じ形で営業活動を行いました。


 生まれて始めて「営業」という泥臭い世界を知りカルチャーショックの連続でしたが、今のPR会社としての活動にも大きく影響するほど勉強になりました。当時は浪人生という立場上、毎日予備校に通わなくてはならなかったのですが、入学した予備校コースとの相性があわなかったこともあり、どうも予備校の授業に違和感を覚えていました。「こんなんじゃ日芸合格しないな・・・」自然に独学浪人をすることにしてなんとか1浪で合格。夢の日本大学芸術学部映画学科への入学が決まりました(同時受験をした放送学科は撃沈してしまいました。面接試験で「第2のテリー伊藤になりたい」といったのがまずかったかなあ)。


 ところで日芸の入学試験では他人の真似しかしない学生が一番嫌われるそうです。しかし当時は高田文夫さん、テリー伊藤さん、高城剛さんなど、日芸出身の放送作家・映像マンの方々に強く憧れていました。この学校に入れば自分も彼らのような大物映像作家か放送作家になれるのでは、と無邪気に考えておりました。


 散々憧れて入った日大芸術学部でしたが、入学直後は「バリバリの芸術家肌」の同窓となんとなく気が合わないことも多く『商業映画=駄目映画』という友人たちの考え方になかなか共鳴することができませんでした。私の考え方は『作品を観てくれるお客がいてこそエンターテイメントだろう』というものでした。だから友人達が馬鹿にするような、予定調和のハリウッド映画も私は好きでした。


 今考えてみると、私はアメリカ映画産業のマーケティングそのものに興味がわいていたのではないかと思います。奇しくも日本映画界はマーケティング力のなさで滅亡寸前の憂き目見ていた時期でした(現在はシネマコンプレックスというインフラの充実と各テレビ局が広告収入以外の新しいビジネスチャンスとして、テレビ番組とクロスマーケティングさせた邦画作品を多数作り、大ヒット作品も珍しくなくなっていますね。私の学生時代では信じられない現象です。マーケティングにより1度死んだ日本映画はマーケティングにより再生したといえそうです)。


 そんな調子で手持ち無沙汰な大学入学直後、担当教授のツテでNHKの制作現場にもぐりこむ事が成功しました。NHK情報ネットワーク、NHK、民間放送局、衛星放送局、他多数の制作会社さんの間を行ったりきたりしながら、どっぷりとテレビ制作業界に浸っていきました(この辺は冒頭にご説明したような感じですね)。


 私自身がサッカー好きだからというわけではないのですが、サッカー番組やスポーツ関係映像作成が最も多かったように思います。また情報番組やドキュメンタリーの構成作家としての仕事もしばしばさせていただきました。そのまま何だか学生だかテレビ業界人だかわからないような立場のまま大学を卒業しましたが、卒業時制作の映画シナリオ「くたばれアインシュタイン」が芸術学部特別賞を受賞したので、一応大学入学を許してくれた両親には面子が立ったのかもしれないと自画自賛していました。


 この頃はまだ「将来はシナリオライターで一発当ててやる」との小さな野望を小脇に抱えつつ、シコシコTV制作にいそしんでいるといった感じでした。



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